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南郷茂章

南郷茂章

少佐 海軍

戦歴

祖父は初期海軍省高官で元老院議員、父は海軍少将・講道館館長という海軍一家に生まれる→学習院中等部経て大正13海兵入学→昭2優秀な成績で卒業、艦隊勤務→7.11 22期飛行学生終了、戦闘機操縦者→赤城・横空勤務経て昭10イギリス大使館付海軍武官補佐官、2年余ロンドン勤務→支那事変勃発で帰国、12.10 13空分隊長転じ中支戦線出動→12.2、南郷大尉指揮の96戦6機は南京上空に進攻、迎撃してきた敵戦闘機30機と激烈空戦、大尉自身の2機ふくみ計13機撃墜、支那方面艦隊長官から感状授与、功5級金鵄勲章、12空時代の個人戦果は明らかでない→12月蒼竜飛行隊長転じ、13年夏ふたたび新設15空飛行隊長として武漢作戦協力のため安慶進出→7.18南昌上空の空戦で、増槽つけたままグラジエーター1機撃墜した南郷機は、不軌に落下してきた敵機と衝突、湖水中に墜落、戦死(33才独身)。遺族弔問の山本五十六海軍次官は霊前で号泣したと伝えられる

被弾した油パイプを片手で押さえ2時間飛行帰投した逸話が残る

所属
赤城・横空→13空→蒼竜飛行隊長→15空飛行隊長
撃墜の記録
総撃墜機数8機。資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
  • 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
  • その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。

このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。

出典=海軍戦闘機隊 誌面261

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