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古賀清登
古賀清登
少尉 海軍戦歴
1910 福岡県生まれ→1927 佐世保海兵団入団→1931.5 16期操練課程卒業(戦闘機操縦者)→大村・横須賀航空隊→支那事変勃発とともに13空付、1937.8 上海基地赴任→1937.9.19 第1次南京攻撃(初陣、カーチス・ホーク2機撃墜)→南京・南昌空襲で戦果を重ね、10.6 南京上空で3機撃墜→12.9 前後6回の空戦で計13機撃墜、本土帰還時に支那方面艦隊長官から個人感状→横空で夜間防空演習中に墜落重傷、翌日殉職
日本海軍を通じ初のエースと呼ばれた、実戦で成長した近藤勇型の操縦者
- 所属
- 大村空→横空→13空
- 撃墜の記録
- 総撃墜機数13機(公認)資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面211
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