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吉田素綱
吉田素綱
飛曹長 海軍戦歴
1935.6 呉海兵団入団(機関兵、長鯨)→翌年整備兵→1939.1 44期操練卒業(戦闘機操縦士に転科)→大分空・大村空→1939.9 12空(中支戦線)→1939.10.14 漢口被爆で負傷→回復後南支移動(柳州・桂林攻撃)→1940.7 横空教員→1942.2 4空戦闘機隊配属(ラバウル)→2.23 ラバウル上空でB-17を単機迎撃・撃墜→3月末負傷→4月1飛曹昇進・台南空転属→5月以降河合四郎大尉の2番機、モレスビー連日攻撃→1942.8.7 ツラギ進攻で米艦戦群と空戦中に行方不明・戦死認定
単機でB-17重爆を迎撃し撃墜した
- 所属
- 12空→4空→台南空
- 撃墜の記録
- ラバウル時代の個人撃墜は確実12、不確実1、共同3資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面208
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