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大森茂高
大森茂高
少尉 海軍戦歴
1933.5 海軍入団→1936.9 33期操練卒業→1938.2 13空配属(中支戦線)、2.25 南昌攻撃(初戦果)→3月12空転属(〜12月中支航空戦)→赤城・筑波空・大湊空→鳳翔乗組で開戦→1942.5 赤城乗組転属→6月ミッドウエー海戦(赤城艦戦隊小隊長、第1次攻撃隊直衛でF4F 2機撃墜)、母艦帰投後の上空直衛で協同6機撃墜も被弾、赤城炎上で飛竜着艦→飛竜より再発艦し母艦上空直衛、飛竜も被爆炎上、燃料尽きるまで飛行後、軽巡長良近傍に不時着水・収容→本土帰投後翔鶴転属→1942.10.26 南太平洋海戦(小隊長として敵艦爆5機撃墜後、翔鶴に投弾しようとする敵機に体当りし戦死、2階級特進で飛行特務少尉)
母艦を守るため、投弾直前の敵機に自ら体当りして戦死した
- 所属
- 13空→12空→赤城→鳳翔→翔鶴
- 撃墜の記録
- F4F2機・雷撃機(協同)6機・艦爆5機(総数の記載は本文になし)資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面218
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