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太田敏夫
太田敏夫
飛曹長 海軍戦歴
長崎県の農家生まれ、昭10年佐世保海兵団に水兵入団→14年9月46期操練修了、戦闘機操縦員に→大村空・谷田部空を経て16年6月12空配属(漢口進出、空戦機会なし)→同年10月台南空転属、比島・蘭印転戦→12月8日開戦初日のルソン島進攻で初撃墜→翌年1月29日バリクパパン上空でB-17と交戦し被弾負傷→17年4月笹井中隊の一員としてラバウル進出、坂井・西沢らと撃墜競争を展開→8月以降連日のガダルカナル島進攻作戦に参加→10月21日の空戦で敵1機撃墜ののち行方不明、戦死認定
ラエ上空で単機B-17を1時間以上も追撃・撃墜したことがある
- 所属
- 12空→台南空(笹井中隊)
- 撃墜の記録
- 総撃墜機数34機(公認)資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面178
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