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奥村武雄
奥村武雄
飛曹長 海軍戦歴
福井県生まれ、昭10年呉海兵団入団→13年9月42期操練修了、15年3月14空配属(南支戦線)→10月7日小福田租大尉指揮の昆明攻撃で初陣4機撃墜→17年7月空母竜驤乗組、ソロモン戦線出動→8月24日ガダルカナル島攻撃参加(一時行方不明、生還)→竜驤沈没後台南空転属、9月上旬〜10月末のガ島攻撃で14機(公認)撃墜→12月本土引きあげ→翌年5月201空転属、7月ソロモン群島ブイン進出→9月14日午前のブイン迎撃戦で5次の空戦を通じ計10機撃墜(戦闘機8・艦爆1・大型機1共同、非公認ながら太平洋戦争中1日当り最高撃墜数とされる)→この殊勲で草鹿長官から軍刀を授与→1週間後の22日、河合四郎大尉指揮下クレチン岬沖敵船団攻撃に参加、悪天候下で敵戦闘機50機と交戦し行方不明、戦死認定
2階級特進が上申されたが実現しなかった
- 所属
- 14空→竜驤→台南空→201空
- 撃墜の記録
- 支那事変で4機、ソロモン戦線で50機と伝えられるが誇大とされ、30数機程度と見るのが妥当資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面177
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