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岡本重造
岡本重造
飛曹長 海軍戦歴
大正5徳島県生→昭8海軍入団、11.3 31期操練卒、戦闘機操縦者→12.7 13空配属、中支戦線出動、9.19午後の南京第2次攻撃に山下七郎大尉の3番機として加わり初戦果、22日の第6次攻撃でも1機追加→12.22南昌攻撃でも2機(うち不確実1)撃墜、本土帰還→佐伯・大分・鈴鹿空教員経て15.10空南支戦線出動、翌年9月3空転じ日米開戦を迎える→12.8,10のルソン島攻撃には小隊長として参加、いずれも激烈空戦で6機を共同撃墜→翌4月本土帰還し新編6空転属、6月隼鷹便乗で4日・5日のダッチハーバー空襲参加→内地帰投後同年秋ソロモン戦線出動、10.11ブカ基地発進しガダルカナル島泊地哨戒任務中、帰途久芳中尉以下5機悪天候で行方不明、全員戦死認定(岡本1飛曹もその1人)
ダッチハーバーまで転戦するも悪天候の帰途に消息を絶った
- 所属
- 6空→佐伯・大分・鈴鹿空→6空→ソロモン
- 撃墜の記録
- 個人撃墜数9機(公認)。資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面252
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