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本田稔
本田稔
少尉 海軍戦歴
熊本県生まれ、開戦後の17年1月甲5期飛練卒業して22航空隊司令部付戦闘機隊配属(南方作戦はすでに終わり空戦機会なし)→4月鹿屋空戦闘機隊(のち253空と改称)転属、南西方面へ移したのち9月ラバウル(のちカビエン)進出、翌年5月までニューギニア・ソロモン航空戦参加→19年4月戦闘407飛行隊転属、10月比島へ進出、帰国後343空戦闘407飛行隊付転属、本土防空戦で活躍し終戦
戦後はMU-2のテスト・パイロットを務めているという(本執筆時点)
- 所属
- 22航戦司付→鹿屋空(253空)→343空407
- 撃墜の記録
- 撃墜機数17機資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面195
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