People ・ 人の索引 ・ 紙片の日本史
武藤金義
武藤金義
中尉 海軍戦歴
愛知県生まれ、昭10年呉海兵団に機関兵として入団→半年後32期操練生合格、卒業後大村空配属→支那事変勃発で1空兵として13空編入、中支戦線出動、12月4日南京攻撃で初陣・イ16と空戦し1機撃墜→12空転属、翌年10月まで南昌・漢口等の空戦参加→大分空・鈴鹿空・元山空を経て16年9月3空配属、開戦とともに比島・蘭印航空戦(横山飛行隊長の2番機)→17年4月元山空戦闘機隊(252空)転属、11月ラバウル進出、翌年3月までソロモン・東部ニューギニア航空戦で活躍→18年11月飛曹長進級、横須賀航空隊転属→19年6〜7月硫黄島進出(防空戦闘・機動部隊攻撃)→20年入り関東地区防空戦闘、6月末戦死した杉田少尉の代りに菅野大尉の護衛役として343空転属→7月24日豊後水道上空の空戦で戦死
単機(紫電改)でF6F12機に挑み4機撃墜する空戦があった
- 所属
- 13空→3空→252空→横空(硫黄島)→343空
- 撃墜の記録
- 総撃墜機数は判然としないが28機前後と推定資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面181
ご指摘・お問い合わせは contact@fragmentsjapan.com まで。制作方針は こちら。