角田和男
角田和男
中尉 海軍戦歴
大正7千葉県生→昭9乙種飛行予科練習生合格、横空入隊→13.3 5期飛行課程修了、3等航空兵曹進級、佐伯空・大村空・蒼竜乗組経て15.2 12空配属、漢口基地進出→10.26飯田房太大尉指揮で零戦8機が第3回成都攻撃出撃時、下士官の2番機として初戦体験、非武装フリート練習機1機撃墜→11月筑波空転じ本土帰還、17.4末飛曹長昇進、5月末新編第2航空隊(のち582空)配属、8月ラバウル基地進出、南東方面の空戦参加→翌年5月本土帰還まで約10カ月、ガダルカナル島進攻、ブナ進攻、ラバウル、ブイン方面の邀撃戦に転戦→17.11.14、角田飛行長は列機8機を指揮しガ島輸送船団の上空直衛に出撃、来襲した敵艦爆と空戦、1機撃墜ののち被弾しルッセル島付近の海上に不時着水、駆逐艦天霧に救助される→18.5から厚木空教員、6.30から1週間硫黄島戦闘302飛行隊付転じ、7.3,7.4両日米艦載機の大群を迎撃しF6F1機撃墜、7.14ふたたび硫黄島前進、1カ月余B-24迎撃任務→10月台湾沖航空戦参加のため九州から沖縄・台湾経て22日比島クラーク基地進出、特攻隊援護、11月には特攻隊掩護隊員に組み入れられ12月初列機3機をひきいてセブ基地前進、敵侵入好機を求めて出撃するも会敵せず、旬クラークに引きあげ翌年2月歩兵北比ツゲガラオに移動、さらに台湾へ脱出→台湾で205戦闘317飛行隊に編入、特攻隊掩護隊員に加わり、沖縄作戦開始後、英機動部隊を目標に数回出撃するも突入の好機なく、宜蘭基地で終戦
非武装の練習機を撃墜した初陣から特攻隊掩護まで戦い抜いた
- 所属
- 佐伯空→蒼龍→12空→2空(582空)→205空317
- 撃墜の記録
- 個人撃墜数は9機。(公認のみ)資料により差があります
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面251
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