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阿部健市
阿部健市
上飛曹 海軍戦歴
大分県漁村生まれ・日米開戦直前の1941.10乙9期予科練卒業→当初宇佐空で艦爆操縦教育→戦闘機転向、1942.2大村空延長教育終了→22航戦司令部付戦闘機隊配属・南方戦線赴任(空戦機会なし)→1942.4鹿屋空戦闘機隊(のち253空)転属→1942.9ラバウル進出→1942.9.29ガダルカナル進攻が初陣、小隊長大倉積1飛曹と共同4機撃墜→ソロモン・東ニューギニア航空戦転戦、スコア重ねる→1943.4.1ルッセル島上空空戦でF6F2機撃墜(最後の戦果)→1943.5.6負傷・骨折し本土送還、再起できないまま終戦
なし
- 所属
- 22航戦司付→鹿屋空(253空)
- 撃墜の記録
- 確実5・不確実5・共同5機資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面238
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