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宮野善治郎
宮野善治郎
中佐 海軍戦歴
1938 海兵65期卒業→1940.4 32期飛行学生教程→12空(支那戦線・空戦機会なし)→1941.10 大尉進級・3空分隊長→1941.12.8 ルソン島進攻(初撃墜)→比島・蘭印転戦→1942.4 6空分隊長→6月空母隼鷹便乗、ダッチハーバー攻撃→ラバウル進出、204空分隊長→飛行隊長→1943.6.16 ガダルカナル島ルンガ沖船団攻撃で艦爆隊収容の危険任務に自ら当たり、行方不明→戦死・2階級進級で中佐
日本海軍で初めて4機編隊を採用し戦爆連合戦法を開発した名指揮官
- 所属
- 12空→3空→6空→204空飛行隊長
- 撃墜の記録
- 単独撃墜16機、部隊撃墜228機といわれている資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面198
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