People ・ 人の索引 ・ 紙片の日本史
山下小四郎
山下小四郎
中尉 海軍戦歴
明治43年生・1927.8佐世保海兵団入団(機関兵)→1931.5第17期操練生・霞ヶ浦航空隊→大村空/赤城/横空/鹿屋空→竜驤勤務中に支那事変勃発→1937.9.21広東攻撃で初戦果→鈴鹿空教員→1940.5(35才)12空付・漢口進出→1940.9.13零戦による重慶攻撃(27機撃墜の大戦果、単機5機撃墜)→翌年3.14成都攻撃(3機撃墜)、1年間で10機以上撃墜し12空トップエースに→霞空・台南空・築城空で後進育成(教官)に転じる→1944.1 201空戦闘204飛行隊付・内南洋パラオ進出→1944.3.30米艦載機の大挙来襲を迎撃した空戦で戦死(39才、太平洋戦争における初陣)
白市駅上空100mで宙返りの離れ技を見せるほどの技量だった
- 所属
- 大村空・赤城・鹿屋空→竜驤→12空
- 撃墜の記録
- 1年間で10機以上(太平洋戦争では初陣で戦死、総数の明記なし)資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面227
ご指摘・お問い合わせは contact@fragmentsjapan.com まで。制作方針は こちら。