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山口定夫

山口定夫

少佐 海軍

戦歴

1939.7海兵67期卒→1941.11台湾3空配属→1942.2.3スラバヤ攻撃で初空戦(2機撃墜)→チモール島からダーウイン攻撃数次→1942.9-10ラバウル進出・ガダルカナル攻撃→1942.10.3の空戦で3機撃墜、被弾しガ島北岸に不時着(地上軍に救助)→翌年5月大尉昇進・ダーウイン攻撃継続→1943.7横空高等科学生→1943.10 204空分隊長・ラバウル戦場、1944.1末トラック後退までに5機撃墜→1944.5本土帰還・錬成戦闘機隊分隊長→1944.6八幡部隊編入、硫黄島進出・米機動部隊を3次にわたり迎撃→1944.7.4迎撃戦で戦死

被弾してガ島北岸に不時着、地上軍に救助され帰還した

所属
3空→204空→横空→八幡部隊
撃墜の記録
総撃墜機数12機資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
  • 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
  • その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。

このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。

出典=海軍戦闘機隊 誌面225

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