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白根斐夫
白根斐夫
中佐 海軍戦歴
大正5生(内閣書記官長白根竹介の四男)→東京府立四中→海兵→昭14.3.31期飛行学生教程修了→14.3.12空付、漢口進出→15.8.19新鋭零戦による重慶初攻撃参加、9.13重慶攻撃で進藤三郎大尉指揮13機で敵機27機撃墜、白根中尉も1機→16.5大尉昇進、太平洋戦争では赤城分隊長でダーウイン・インド洋・ミッドウェー作戦参加→17.7瑞鶴分隊長、第2次ソロモン・南太平洋海戦で奮戦→11月横空帰還→18.11新鋭戦闘機紫電で編成の341空飛行隊長→19.10末自ら錬成した紫電部隊(戦闘701飛行隊)を率いてルソン島マルコット基地進出、レイテ航空戦参加→19.11.24オルモク湾上空でP-38と空戦自爆戦死
重慶攻撃で27機撃墜という大戦果に加わった俊英指揮官
- 所属
- 12空→赤城→瑞鶴→341空→701
- 撃墜の記録
- 総撃墜機数9機(公認)。資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面245
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