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菅野直
菅野直
中佐 海軍戦歴
宮城県生まれ、昭16年12月第70期生として海兵卒業、18年9月第38期飛行学生教程修了→19年4月343空(初代)分隊長として内南洋進出→7月201空戦闘306飛行隊分隊長、ついで飛行隊長転属(ヤップ島・比島で激烈な空戦、7月のヤップ島B-24迎撃戦で60数機撃墜破・自ら体当り攻撃も実施し部隊表彰)→10月第1次神風特攻隊編成時、隊長に想定されたが飛行機受領のため本土帰還中で代わりに関大尉が指名される→比島航空戦で果敢な指揮(10月27日マリンドケ島上空空戦、混成17機を率いグラマンF6F16機と交戦・12機撃墜)、被弾10数発を受けながら4機(うち不確実1)撃墜し生還→19年入り厚木空、ついで203空戦闘304飛行隊転属→翌4月北千島進出(防空)→半年後南九州移動、10月捷号作戦発動で台湾沖航空戦出撃、台湾経由22日比島バンバン基地に進出、連日の敵艦攻撃援護・レイテ進攻・基地迎撃戦→11月6日バンバン上空の米艦載機迎撃戦で戦死
遺稿に「此の日は私が再度誕生した日」と書き残していたという
- 所属
- 343空→201空306→343空301(新選組)
- 撃墜の記録
- 総撃墜機数25機(公認)資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面184
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