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虎熊正

虎熊正

少尉 海軍

戦歴

明44大分県生→昭4海軍入団、整備兵から操縦転じ→8.7 20期操練卒、大村空配属→竜驤・大村空経て支那事変勃発とともに13空付転じ、9.17上海の公大基地進出→翌々19日第1次南京攻撃に虎熊1空曹小隊長として初陣で2機撃墜→22日の第6次南京攻撃では単機帰還中常州付近で敵カーチス・ホーク戦闘機に奇襲され、追尾射撃で13ミリ・7.7ミリ弾計21発被弾も弾丸すべて反跳して貫通せず、逆に反撃撃墜(96艦戦の全金属モノコック胴体の優秀性を立証し、大口径砲開発の必要性を認識させた戦訓)→10.12南京攻撃途次、中野少佐指揮の艦戦11機の一部がブレダ機群に包囲分散され3機喪失、虎熊小隊も猪野1空兵を失うも5機撃墜、被弾した虎熊機は不時着救助(96戦の空戦初損失)→11月撃墜7機のスコアで本土帰還、翌年12月ふたたび12空転じ漢口進出も空戦機会なく、14.10敵爆撃機の空襲で被弾重傷負い本土送還、空曹長進級で16.4退役も即日召集、大分空で錬成教育→翌年6月鹿屋空転じ南西方面カビエンに進出→12月大村空転じ帰還、錬成教育中の18.4.16事故で殉職

被弾しても貫通しなかった96艦戦の頑丈さを証明した空戦

所属
13空・大村空・竜驤→12空→大分空→鹿屋空
撃墜の記録
11月時点で撃墜7機のスコアで本土帰還(その後の戦果は本文に記載なし)。資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
  • 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
  • その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。

このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。

出典=海軍戦闘機隊 誌面262

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