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蝶野仁郎
蝶野仁郎
少尉 海軍戦歴
明40愛媛県生→昭2海軍入団、5.4 15期操練課程終了、戦闘機操縦者→支那事変勃発時は空母加賀の戦闘機隊小隊長で、12.11.11馬鞍島沖に来襲したノースロップ爆撃機3機を日高3空曹と共に追尾して各1機ずつ撃墜したのが初戦果→ついで13.4.13の広東攻撃では、艦爆18機を直衛して参加も指揮官機小隊が途中で引き返したため、蝶野1空曹は96艦戦2機、95艦戦3機の計5機を指揮して目標上空で20機の敵戦闘機と空戦、蝶野2機を含む計6機を撃墜→その後ひきつづき南支各地の攻撃に参加したが、なかでも8.30の南雄攻撃では、手島大尉指揮の96艦戦6機の第2小隊長として加わり敵戦闘機20数機と激しい空戦を演じ、被弾15機を受けながら単機で4機(うち不確実1)撃墜→同年暮本土に帰還し空曹長進級、15年14空転じ、ふたたび南支戦線出動も16年2.21昆明攻撃の際、敵対空砲火に被弾して自爆戦死
指揮官不在の窮地で自ら小隊を率いて空戦をまとめた
- 所属
- 加賀→14空
- 撃墜の記録
- 個人撃墜機数7機(公認)。資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面263
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