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長野喜一
長野喜一
飛曹長 海軍戦歴
静岡県生まれ、昭14年6月海軍入団、16年7月18才で56期操練卒業→10月千歳空配属(開戦時内南洋タロア島の防空任務)→17年6月582空転属、本土帰還後8月ラバウル進出→翌年7月まで約1年、激烈な南東方面航空戦で健闘(公認記録だけで19機、うち不確実3を撃墜)、582空のトップエースとなる→18年7月厚木空、ついで203空戦闘304飛行隊転属、翌4月北千島進出(防空)→半年後南九州移動、10月捷号作戦発動で台湾沖航空戦出撃、台湾経由22日比島バンバン基地進出、連日の敵艦攻撃援護・レイテ進攻・基地迎撃戦→11月6日バンバン上空の米艦載機迎撃で戦死
10月25日のガ島上空迎撃戦で二神中尉の零戦8機の1機に加わり奮戦、指揮官を含む4機を失う激戦を経験した
- 所属
- 千歳空→2空(582空)→厚木空→203空304
- 撃墜の記録
- 総撃墜機数19機(公認)、582空は18年3月以降個人記録の記入を中止しており通算20数機に達しているものと推定資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面187
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