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高岩薫
高岩薫
上飛曹 海軍戦歴
大正12長野県生→昭15.6 17才で乙種予科練13期入隊→名古屋空・大分空で飛練(26期)課程終了、鈴鹿・厚木空で延長教育受け18.12 201空付発令、激戦のラバウル戦場へ進出→到着直後の17日初戦果を手始めに、2週間の間に個人撃墜10機(うち不確実3)をあげる若武者ぶり→19.1.3 201空のトラック転進により253空付転じ、連日の迎撃戦に健闘、この時期の個人戦果は不明(少なくとも201空時代を上回るものと思われる)→2.10の迎撃戦で弱冠20才の高岩1飛曹は未帰還、戦死認定
到着2週間で10機撃墜した若武者、20才で未帰還に
- 所属
- 鈴鹿・厚木空→201空→253空
- 撃墜の記録
- 201空時代に個人撃墜10機(うち不確実3)。253空時代の戦果は不明(201空時代を上回ると推定される)。資料により差があります
この人の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 顔写真:まだありません。戦時中に報道された人でなければ、公有のまま使える肖像はほとんど残っていません ⚪️
- その後:戦後どう生きたかは、この資料には書かれていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています 🟡 索引。伝記ではありません。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=海軍戦闘機隊 誌面257
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