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飛行第11戦隊

飛行第11戦隊

🟡 索引
通称号
燕8311
編成地
ハルビン(満州)
軍旗拝受
1938
主な戦域
ノモンハン事件-太平洋戦争- 日中戦争

戦歴

1932.6 満州で飛行第11大隊として編成→1938.8 飛行第11戦隊に→1939.5〜9 ノモンハン航空戦に全期参加、撃墜確実約530機(参加全戦闘機隊の半ば近く)・操縦者戦死19名=「稲妻部隊」として人気の的に→1941.12 マレー上陸船団の掩護から開戦、シンガポール・パレンバン・ジャワ→1942.3 ビルマ(岡部戦隊長がP-40の奇襲で戦死)→1942.8 1式戦「隼」に改変→1942.12 空母「雲鷹」でトラック経由ラバウルへ→1943.1.5 B-17型2機を初撃墜、降下した指揮官ウォーカー准将を捕虜にしたと記録される→ニューギニアで消耗(ワウ進攻で杉浦戦隊長ら4名を喪失)→1943.7 満州で再建→中国戦線→1944 4式戦に改変→1944.10.12 台湾沖航空戦で金谷戦隊長が行方不明、幹部の多くを一挙に喪失→レイテ・ルソンで二度の進出と消耗→1945.3 内地帰還、本土決戦に備えつつ終戦

ノモンハンでは、着陸を試みて敵地に取り残された2人を、岩瀬孝一曹長が自らも着陸して戦闘機の胴体内に収容し、無事基地へ連れ帰ったエピソードが本にある

垂直尾翼に稲妻を模したマークを描いていたため「稲妻部隊」の通称もあった

この部隊の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
  • 連隊長:この部隊の欄は、資料では読み取れませんでした(誌面の上端が欠けています)。
  • この部隊にいた人:連隊長のほかは、まだ名前を集められていません。

このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています。一次資料で確かめられたものだけが、いずれ🟢になります。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。

出典=戦闘機隊の本(陸軍) 誌面44–54


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