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飛行第111戦隊

飛行第111戦隊

🟡 索引
通称号
不明
編成地
佐野飛行場(大阪)
軍旗拝受
1945
主な戦域
第二次世界大戦

戦歴

前身は明野教導飛行師団の教導飛行隊(明野陸軍飛行学校の系譜)。本土空襲の激化で教育部隊にも戦闘任務が加わる→1945.7.18 大陸命で実戦部隊として編成着手、7.22 完結=飛行第112戦隊と並ぶ陸軍戦闘隊最後の戦隊→装備は最新鋭の5式戦(目標120機・編隊長級には優秀な教官を充当)→編成前後からB-29迎撃に出動。7.16 松坂上空で檜与平・江藤豊喜両少佐の24機がP-51群と交戦、撃墜11(うち不確実5)・喪失5機3名→8.6 小牧に到着、中京地区の防空→空戦の機会なく、およそ1か月の短命で終戦(保有90機弱)

義足の撃墜王・檜与平少佐が大隊長として着任し、松坂上空のP-51戦では義足のまま1機を撃墜した。個々には優秀な操縦者でも寄せ集めでは戦闘力は半減する、という檜の回想を本は引いている

1945年7月編成。第112戦隊とともに、最後の陸軍戦闘機部隊

この部隊の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
  • 連隊長:この部隊の欄は、資料では読み取れませんでした(誌面の上端が欠けています)。
  • この部隊にいた人:連隊長のほかは、まだ名前を集められていません。

このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています。一次資料で確かめられたものだけが、いずれ🟢になります。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。

出典=戦闘機隊の本(陸軍) 誌面226–227


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