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横須賀海軍航空隊

横須賀海軍航空隊

🟡 索引
通称号
不明
所属
地名冠称海軍航空隊・内戦作戦実施部隊
編成地
不明
軍旗拝受
不明
主な戦域
不明

戦歴

1916.4.1 開隊=海軍で最も古い航空隊。教育から出発し、のち全機種の空戦技術研究と新型機の実用実験を主任務に→単機格闘戦を中心とする日本海軍独特の空戦技術はここで開発された(3機編隊のアクロバット「源田サーカス」もこの隊から)→1944.6 「あ」号作戦で臨時「八幡部隊」として硫黄島に前進→6.24 米艦上機の大空襲を301空・252空とともに迎撃、F6F 17機撃墜(損失9機)→3次にわたる硫黄島の空戦で撃墜52、引き換えに山口大尉以下22人の精鋭を喪失——本は「伝統を誇るエリートの完敗であった」と記す→1945.2.16-17 関東の米艦載機迎撃で雪辱。17日は降雪の中を発進し、厚木上空のF6F・F4U 19機を奇襲して全機撃墜→以後は兵力温存のまま終戦

1945.2.17 の空戦で落下傘降下した山崎卓上飛曹は、敵搭乗員と誤認した民間人に殺された。以後、戦闘機隊は飛行服に日の丸のマークを付けるようになった——空の記章ではなく、地上の同胞に向けた印だった

日本海軍で最初に設立され、終戦まで存続した航空隊。搭乗員の教育のほか、新型機の実用実験や戦技研究を担った

この部隊の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
  • 連隊長:この部隊の欄は、資料では読み取れませんでした(誌面の上端が欠けています)。
  • この部隊にいた人:連隊長のほかは、まだ名前を集められていません。

このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています。一次資料で確かめられたものだけが、いずれ🟢になります。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。

出典=戦闘機隊の本(海軍) 誌面168–170


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