Units ・ 部隊の目録 ・ 紙片の日本史
新高
新高
🟡 索引戦歴
1902年11月15日 進水→1904年1月27日 竣工→1904年 日露戦争に従軍。仁川沖海戦、旅順攻略作戦、蔚山沖海戦に参加し、日本海海戦にも参加した→1912年8月28日、二等巡洋艦に類別変更→1914年 第一次世界大戦で青島攻略戦に参加。第一特務艦隊を編成しインド洋から喜望峰、オーストラリア方面へ派遣された→1920年6月、尼港事件後にカムチャツカ半島へ派遣された→1921年5月から9月、南シナ海・オランダ領東インド諸島方面の警備と調査に従事→1921年9月1日、二等海防艦に類別変更。1922年8月26日、漁業保護任務中に遭難沈没→1922年8月26日、カムチャツカ半島オゼルナヤ沖で悪天候により座礁・転覆して沈没。1923年4月1日除籍。残骸は工作艦「関東」により現地で解体処分され、1924年10月に日魯漁業へ売却された。
日本の防護巡洋艦として魚雷発射管を廃止した最初の艦。また新造時より無線電信を装備した日本で最初の軍艦。艦名の由来である新高山は太平洋戦争開戦時の暗号電報「ニイタカヤマノボレ」でも知られる。
艦名の由来の新高山は、開戦の電報「ニイタカヤマノボレ」で知られる
この部隊の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 連隊長:この部隊の欄は、資料では読み取れませんでした(誌面の上端が欠けています)。
- 通称号:資料からは確かめられませんでした。
- この部隊にいた人:連隊長のほかは、まだ名前を集められていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています。一次資料で確かめられたものだけが、いずれ🟢になります。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=公開されている事典(新高 (防護巡洋艦))=2026年8月 機械抽出
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