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🟡 索引

戦歴

1932年6月16日 進水→1933年3月31日 竣工→1942年6月、キスカ島近海でB-24またはPBYの爆撃を受け艦首を大破、応急修理の上「暁」に曳航され帰投→1943年7月、キスカ島撤退作戦(ケ号作戦)に兵員収容部隊として参加し成功→1944年5月14日、シブツ海峡で姉妹艦「電」が沈没した際に生存者121名を救助→1944年9月6日、台湾・高雄沖で触雷し大破→1945年4月1日、戦艦「大和」の坊ノ岬沖海戦(沖縄水上特攻)に向かう途中で触雷、修理のため作戦に参加できず→戦没せず終戦を迎える。1945年10月5日除籍。1947年7月5日、賠償艦としてソ連へ引渡し(「ヴェールヌイ」、のち「デカブリスト」と改名)、ソ連海軍で1953年2月20日除籍、1970年代に標的艦として処分された

太平洋戦争で3度の甚大な損傷を受けながら沈没せず生き残り「不沈艦」「不死鳥」と呼ばれた。戦後ソ連へ引き渡された旧日本駆逐艦で唯一2010年代に沈没地点(ウラジオストク沖)が確認されている

三度の大きな損傷にも沈まず、「不死鳥」「不沈艦」と形容された。アメリカ海軍は本艦をネームシップとみなし、「響級」と識別していた。

この部隊の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
  • 連隊長:この部隊の欄は、資料では読み取れませんでした(誌面の上端が欠けています)。
  • 通称号:資料からは確かめられませんでした。
  • この部隊にいた人:連隊長のほかは、まだ名前を集められていません。

このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています。一次資料で確かめられたものだけが、いずれ🟢になります。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。

出典=公開されている事典(響 (吹雪型駆逐艦))=2026年8月 機械抽出


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