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三宅

三宅

🟡 索引

戦歴

1943年8月30日 進水→1943年11月30日 竣工→1943年11月30日竣工、呉鎮守府籍、第一海上護衛隊に編入され船団護衛に従事→1944年6月5日、スールー海で米潜水艦パファーの襲撃を受け僚艦足摺・高崎が撃沈、沈没艦の生存者を救助→1944年8月20日以降、第三十一戦隊・第21海防隊に所属、ヒ75船団・ヒ76船団の護衛に従事→1945年1月17日〜26日、ヒ87A船団を護衛。僚艦時雨が米潜水艦の攻撃で沈没、生存者を収容しシンガポールに到着→1945年4月14日、モシ02船団護衛中に僚艦能美・第31号海防艦が飛揚島で被雷沈没→1945年8月21日、北九州門司付近で触雷し損傷、迎日湾で終戦を迎える→1945年11月30日除籍(日本海軍)。1947年4月10日除籍(復員庁)。1948年5月〜7月、佐世保重工で解体(解体終了1948年7月2日)。艦名は海上自衛隊の掃海艇「みやけ」に引き継がれた。

御蔵型海防艦の2番艦。艦名は東京都の三宅島にちなむ。戦後は復員輸送艦(特別輸送艦)として使用され、艦名は海上自衛隊掃海艇「みやけ」に引き継がれた。

撃沈された駆逐艦「時雨」の生存者を救助した

この部隊の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
  • 連隊長:この部隊の欄は、資料では読み取れませんでした(誌面の上端が欠けています)。
  • 通称号:資料からは確かめられませんでした。
  • この部隊にいた人:連隊長のほかは、まだ名前を集められていません。

このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています。一次資料で確かめられたものだけが、いずれ🟢になります。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。

出典=公開されている事典(三宅 (海防艦))=2026年8月 機械抽出


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