Units ・ 部隊の目録 ・ 紙片の日本史
畝傍
畝傍
🟡 索引戦歴
1886年4月6日 進水→1886年10月18日出港 竣工→1884年5月27日、フランスのル・アーヴルで起工→1886年4月6日、進水→1886年10月18日、ル・アーヴルから日本に向け出航(悪天候で引き返し翌19日改めて出港)→1886年12月3日、寄港地シンガポールを出港後、南シナ海洋上で行方不明→1886年12月下旬、甲鉄艦扶桑・海門等が土佐沖から八丈島にかけての海面捜索を実施したが手がかりなし→1887年10月19日、亡失認定→1886年12月3日シンガポール出港後行方不明。1887年10月19日亡失認定(乗員の死失も認定)。
フランスで建造された最初の日本海軍軍艦で、日本への回航途中に消息不明となった。
フランス建造の軍艦——回航の途中、消息を絶ったことで知られる
この部隊の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 連隊長:この部隊の欄は、資料では読み取れませんでした(誌面の上端が欠けています)。
- 通称号:資料からは確かめられませんでした。
- この部隊にいた人:連隊長のほかは、まだ名前を集められていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています。一次資料で確かめられたものだけが、いずれ🟢になります。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=公開されている事典(畝傍 (防護巡洋艦))=2026年8月 機械抽出
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