Units ・ 部隊の目録 ・ 紙片の日本史
龍田
龍田
🟡 索引戦歴
1918年5月29日 進水→1919年3月31日 竣工→1920年、シベリア出兵に参加し船団護衛に従事→1923年9月、関東大震災の救援活動に従事し、横浜で救援物資の揚陸と警備・診療にあたった→1924年3月19日、佐世保港外での基本演習中に第四十三号潜水艦と衝突(潜水艦は沈没)→1941年12月、ウェーク島攻略作戦に参加→1942年6月、ポートモレスビー攻略作戦のため出撃したが珊瑚海海戦の結果作戦は中止された→1943年4月1日、第十一水雷戦隊旗艦となる。1944年3月、東松2号船団の護衛部隊旗艦としてサイパン島への輸送作戦に従事中、雷撃を受け沈没→1944年3月13日、八丈島沖でアメリカ潜水艦サンドランスの雷撃を右舷に受け、後部機械室と罐室が破壊されて航行不能となり、応急修理も及ばず15時36分に沈没。同年5月10日除籍。
天龍と共に日本海軍最初の軽巡洋艦。料理の「竜田揚げ」は当艦の料理長が発明したとする説がある。
「天龍」とともに日本海軍初の軽巡洋艦
この部隊の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 連隊長:この部隊の欄は、資料では読み取れませんでした(誌面の上端が欠けています)。
- 通称号:資料からは確かめられませんでした。
- この部隊にいた人:連隊長のほかは、まだ名前を集められていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています。一次資料で確かめられたものだけが、いずれ🟢になります。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=公開されている事典(龍田 (軽巡洋艦))=2026年8月 機械抽出
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