Units ・ 部隊の目録 ・ 紙片の日本史
陸奥
陸奥
🟡 索引戦歴
1920年5月31日 進水→1921年10月24日(公表日)、同年11月22日引渡 竣工→「長門」とともに日本海軍を象徴する戦艦として国民に親しまれた(ワシントン軍縮会議での廃案問題の末、国民の支援により残置)→太平洋戦争ではミッドウェー作戦や第二次ソロモン海戦等に出動したが、敵水上艦隊と交戦することはなかった→1943年6月8日 柱島泊地に停泊中、三番・四番砲塔付近から爆発を起こし船体が二つに折れて沈没→乗員1,474名(艦隊実習の練習生含む)のうち353名が生存、爆発原因は査問委員会でも特定されず→1943年6月8日、柱島泊地で主砲火薬庫からの爆発を起こし沈没(原因不明)。同年9月1日除籍
沈没の原因は最終的に特定されず、火薬の自然発火説や人為的(放火)爆発説など諸説が残る
姉妹艦「長門」とともに帝国海軍の象徴とされ、長く国民に親しまれた
この部隊の紙片は、まだ蔵にありません。
まだ分かっていないこと
- 連隊長:この部隊の欄は、資料では読み取れませんでした(誌面の上端が欠けています)。
- 通称号:資料からは確かめられませんでした。
- この部隊にいた人:連隊長のほかは、まだ名前を集められていません。
このカードは、一冊の本から写した事実だけでできています。一次資料で確かめられたものだけが、いずれ🟢になります。空いている欄は、その本にそう書かれていないという意味です。推測では埋めていません。
出典=公開されている事典(陸奥 (戦艦))=2026年8月 機械抽出
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