Glossary ・ 用語 ・ 紙片の日本史
軍旗奉焼(ぐんきほうしょう)とは
——焼いた、と記録に書かれている
意味
軍旗は、連隊に一枚だけ与えられていた旗です。二枚目はありません。渡すのは天皇で、連隊長が直接、手から受け取りました。
その旗を焼くことを、当時の記録は奉焼と書いています。うやうやしく焼く、という意味の言葉です。
⚠️ ここで、書けることと書けないこと
「軍旗は必ず焼く決まりだった」と書きたくなります。でも、そう書ける資料を私たちは持っていません。
確かめられるのは、そう記録されている例がある、というところまでです。制度としてそうだった、というのと、そういう例がある、というのは、別の話なので、ここでは分けて書きます。
日付のある例
- 硫黄島 三月十四日——歩兵第145連隊。洞窟の中で焼いた、と記録にあります。その二日後、アメリカ軍の降伏勧告の手紙が、洞窟の入口まで届けられました。三月十七日以降、この部隊の消息は記録にありません。
アジア歴史資料センター Ref.C22110003500(防衛省防衛研究所) - 拉孟 九月七日 午後六時——雲南省。時刻まで書かれています。前日の午後七時に指揮官が戦死し、副官が代わって指揮を執っていました。
アジア歴史資料センター Ref.C14060238800(防衛省防衛研究所)
どちらも、そこで記録が終わる
二つの記録に共通しているのは、焼いたところで文章が終わっていることです。そのあと何があったかは、この紙からは分かりません。
時刻が書いてある、というところだけが残ります。誰かが、時計を見ていた、ということです。
この言葉が出てくる紙片
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